「わたしもついててあげるから、この後純也さんのお部屋に行こう?」「……そうね。こういうことは早い方がいいものね。じゃあ、後でちょっとお付き合いしてもらおうかしら」 純也さんに相談する決意を固めた珠莉は、愛美のメイクを進めた。 両瞼の上に淡いピンク色のシャドウを乗せ、指先でぼかす。下瞼にはポッテリとした涙袋を作り、可愛らしい目元に仕上げていく。「愛美さんはお肌もキレイだし、元がいいからお化粧映えがしそうね」 アイシャドウと同じ色のチークを頬に乗せながら、珠莉が愛美の肌や顔立ちを褒める。「え……、そうかな? わたし、お肌の手入れとか特になんにもしてないんだけど」「それはきっと、あなたの内面から出てくる美しさね。叔父さまと恋愛をしていて幸せホルモンが出てるから。あと、夢を叶えて生き生きと毎日を楽しく過ごしているから、かしら」「……なるほど」 毎日鏡で自分の顔を見ていても、その美しさに気づけなかったのはきっと、すぐ身近に珠莉という自分よりもキレイな存在がいるから。ついつい彼女と自分を比べては、「わたしは珠莉ちゃんほど美人じゃないし……」と自分を下に見てしまっていたんだろう。「愛美さん、自分に自信を持つことは、自分の美しさを素直に受け入れることから始まるのよ。まずは叔父さまに、キレイなあなたを見てもらいましょうね」「うん」「それじゃ、リップを整えるから、ちょっとお喋りはストップしていましょうね」 愛美が口を閉じると、珠莉がリップブラシを使って丁寧に口紅を塗っていく。選んだ色はチェリーピンク。少し派手めな色だと愛美は思ったけれど、パーティー用のメイクならこれくらいでちょうどいいのかもしれない。 さらにその上から別のリップブラシでグロスを乗せられ、珠莉の手によるメイクアップは完了した。「――はい、終わりましたわ。鏡をご覧なさい」「…………わぁ……っ! これ、ホントにわたし……? 別人みたい」 ドレッサーの鏡に映るのは、普段見慣れた愛美とはまったく違う女の子の顔だった。「ね、お化粧ひとつで変わるものでしょう? じゃあ交代して下さる? 私もヘアメイクしたいから」「ああ……、うん」 愛美が交代すると、珠莉はこれまた手早く自分の髪型やメイクを整えていく。それは愛美にしてくれたような手の込んだものではなく、わりと簡単なものだった。 襟巻きを着け、
「――はい?」「純也さん、愛美です。珠莉ちゃんも一緒なんだけど。今、おジャマして大丈夫? もう着替えって済んでる?」「ああ、大丈夫だよ。どうぞ」「――だって。珠莉ちゃん、ほら」 純也さんの返事を聞いてから、愛美は珠莉に入室を促した。「おジャマしまーす」「叔父さま、失礼します」「二人とも、どうした?」 二人を迎え入れてくれた純也さんは、ボルドー色のスーツにグレーのカラーシャツ、紺色のネクタイというスタイルだった。(わ……! やっぱり純也さんのスーツ姿、カッコいい……!)「……叔父さま、またそんなキザったらしい格好を」 一人ときめいている愛美とは逆に、珠莉は叔父の独特なカラーセンスに呆れて一言物申さずにはいられなかったらしい。「珠莉、お前はわざわざ俺にそんなことを言いに来たんじゃないだろ」「ああ……、そうでした。つい口が滑ってしまって」「あのね、純也さん。珠莉ちゃんがちょっと、純也さんに相談に乗ってほしいことがあるんだって」 珠莉も自分からは言い出しにくいだろうと思い、愛美が先に助け舟を出してあげた。「俺に……相談? 珠莉、言ってごらん?」「ええ……。叔父さま、実は私――」 珠莉は叔父に、将来モデルになりたいという夢があること、それを両親には猛反対されそうだから打ち明ける勇気がないことを話した。「――私も半ば諦めかけていましたの。でも愛美さん、さやかさんとお友だちになって、あと叔父さまにも感化されて。やっぱり諦めきれなくて、本気で目指そうと思うようになりましたの。ただ……、お父さまとお母さまにはまだ打ち明ける勇気が出なくて……。叔父さまが味方について下さったら、私も話しやすくなると思うんですけど」 一言も口を挟まず、うんうんと頷きながら話を聞いてくれた純也さんが、珠莉の話が終わったタイミングで口を開いた。「一つだけ確認させてもらうけど。珠莉、お前は本気でモデルを目指すつもりでいるんだな?」「ええ、もちろん本気です」「……分かった。お前が本気なら、俺も全力でお前の夢を応援するよ。お前が兄さんとお義姉さん――両親に打ち明ける時にも、俺が援護射撃してやるから。そこは信用してくれ」「……ええ! 叔父さま、ありがとうございます! 私、必ず叔父さまの恩に報いるようなモデルになりますわ!」「わたしからもありがとう、純也さん!」(や
「――ところで純也さん。今のわたし、どう……かな? 髪とメイク、珠莉ちゃんがやってくれたの」「珠莉が?」「うん。……どうかな?」 純也さんは惚(ほう)けたように愛美をしばらく見つめた後、やっと感想を言ってくれた。「…………うん、スゴく可愛いよ。ドレスもよく似合ってる」「ありがと! このドレスは田中さんからのクリスマスプレゼントなの。っていうか、わたしが今身に着けてるもの一式」「……へぇ、そうなんだ」(あ、純也さん、気づいたな。わたしが今着てるのが、自分が選んだものだって) 〝あしながおじさん〟こと田中太郎氏の正体が純也さんだと分かっている愛美には、彼のリアクションがわざとらしく感じた。けれど、知らないフリをしていることに決めたので、それはあえてスルーした。「……あ、そうだ。わたしからも一つ、純也さんにお願いがあるんだけど」「愛美ちゃんも? なに?」「わたし、今度長編小説を書くことになって。また純也さんを主人公のモデルにしようと思ってるんだけど」「え、また俺がモデル?」「愛美さん曰く、叔父さまは小説のヒーローに持ってこい、なんですって」「うん。……でね、舞台を東京にしたいんだけど。純也さんに、わたしがまだ行ったことない東京の名所とか案内してもらいたいなぁ、って」 脱線しかけた話を戻し、愛美はお願いを言った。「いいよ。明日、一緒にあちこち回ろう。前回は渋谷~原宿方面だったから、銀(ぎん)座(ざ)とか浅草(あさくさ)とかかな」「うん、いい! あと、スカイツリーにも行ってみたいな」「いいね。じゃあそこも」「やったぁ♪」「あらあら。愛美さん、よかったじゃない。純也叔父さまとデートできることになって」「で……っ、デデデ……デート!?」 珠莉の口から思いもよらない言葉が飛び出し、愛美は思いっきりうろたえた。(好きな人と二人きりでお出かけ……。そっか、それって「デート」ってことになるのか……)「こら、珠莉! からかうんじゃない! ……でも、そういえば俺と愛美ちゃんってデートらしいデートはしたことなかったな」「あ……そういえば、そうかも。夏には長野で二人きりで色々遊んだりしたけど、あれはデートにならないし」 バイクでツーリングしたり、二人で山登りをしたり……は〝デート〟のカテゴリーに入れていいものか……。「じゃあ、明日が初デート
* * * * ――辺唐院家で行われるクリスマスパーティーは、牧村家のそれとは趣向も規模も大違いだった。 食事は立食スタイルなのでテーブルマナーをうるさく問われることはないし、ケーキなどのスイーツも出されている。のだけれど。 招待客は多いし、それもセレブばかり。話す内容は高級ブランドだの、身に着けているジュエリーがいくらかかっただの、株や投資の話題だのという上辺だけの会話ばかりで、その人自身の話題や身近な話題はほとんど出てこない。 愛美も「これも取材の一環」と、どうにか話に食らいつこうと頑張ってはみたけれど、元々が次元の違いすぎる人たちの話題なので、聞いたところでまったく理解が追いつかなかった。 「う~……、疲れたー……」 脳が完全にキャパオーバーを起こし、テーブルにグッタリと突っ伏していると、目の前にクラッシュアイスが浮かんだ冷たいオレンジジュースのグラスがゴトリと置かれた。「愛美ちゃん、お疲れ。こういう雰囲気って、慣れてないと疲れるよな」「あ、純也さん……。ありがと」 顔を持ち上げると、グラスを置いてくれたのは遅れて下りてきた純也さんだった。 自分も飲みかけのオレンジジュースのグラスを持っていて、愛美が持ち上げたグラスに「乾杯!」と軽くコツンと合わせた。「食事は済んだ? こういうところじゃ、あんまり食が進まないだろうけど」「ううん、けっこう食べられたよ。美味しそうなものがいっぱいあったから。……ジュース、いただきます」 ジュースを一気に半分ほど飲んだ愛美は、ホストとして招待客の社交辞令に付き合っている珠莉に視線を移す。「珠莉ちゃんはスゴいなぁ。あの輪の中にすんなり入っていけるんだもん。わたしはムリだったなぁ。何ていうか、わたし一人だけハブられてるような疎外感が……。今も多分、純也さんがいてくれなかったら一人だけ浮いてたよ」「まあ、珠莉は小さい頃からこういう場に慣れてるからな。俺はキライだけど、今日は愛美ちゃんが壁の花にならないようにここにいるんだ」「〝壁の花〟?」「うん。欧米では、パーティーの席で誰からも話しかけられない人のことを〝壁の花〟って言うんだよ。何かちょっとシャレてるだろ?」「ふふふっ、うん」 確かに、彼がいてくれなかったら愛美は一人だけ疎外感を感じてパーティーを楽しめなかった。同じくこういう場が好きじ
****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 この手紙は東京の白金台にある珠莉ちゃんのお家で書いてます。 寮には平泉さんっていう、年配の執事兼運転手さんが立派なリムジンで迎えに来ました。 まだ〈わかば園〉にいた頃、わたしはよくさっそうとリムジンに乗り込んでお屋敷に帰っていくお嬢さまになった空想をしてました。今日、珠莉ちゃんがリアルにその空想のお嬢さまに見えて、何だか面白かったです。あ、わたしも一緒に乗って来たんだった……。 平泉さんはすごくいい人で、「モデルになりたい」っていう珠莉ちゃんの夢も、純也さんと同じように応援したいって言って下さって。珠莉ちゃんも、こんな身近に味方が一人増えたことをすごく喜んでました。 珠莉ちゃんのお家は靴を脱がなくていい欧米の生活スタイルで、〈双葉寮〉もそうですけど、一般のお家にもそんな家庭があったなんてわたしは知らなくてビックリしました。 着いた時、お家の前にはもう純也さんの車が停まってました。 最初に出迎えて下さったのは家政婦の高月由乃さんで、なんか冷たい感じの女の人でした。この人もそうだけど、辺唐院家の人たちはみんななんかヘンです(あ、純也さんと珠莉ちゃんは別ですけど)。特に、珠莉ちゃんのお母さまはものすごくイヤな感じの人。さやかちゃんのお母さんとは正反対の人です。わたし、将来結婚しても、絶っっ対にこの家みたいな家庭にはしたくないって思いました。……あ、招待されたお家をディスるのってよくないですよね。おじさま、ここだけの話ってことにして下さい。 だって、珠莉ちゃんのお母さまにはムカついたんですもん! わたしが自己紹介してるのに、途中で遮ってわたしの両親のことを訊いてきたの。で、両親が亡くなってて中学卒業までは施設で育ったって言ったら、わたしを値踏みでもするみたいに見て、マウントをとろうとしてたんです! でも、ちょうどその時に純也さんが現れてガツンと言ってくれて、わたしスカッとしました。 辺唐院家の人たち、特に珠莉ちゃんのお母さまは純也さんが養護施設とかに寄付したりしてることを、「下らない」って思ってるみたい。もっとセレブらしいことにお金を使えばいいのに、って思ってるみたいです。でも、純也さんは庶民的なお金の使い方だってするんですよ。スイーツだって買うし。 純也さんはわたしと
夜は広いメインダイニングで行われたクリスマスパーティーに出ました。おじさまにおねだりしたドレスや靴でオシャレをして、珠莉ちゃんに可愛くヘアアレンジやメイクもしてもらって。純也さんに「すごく可愛い」って褒めてもらえました。大好きな人にそう言ってもらえるのって、女の子にとってはものすごく嬉しいことなんですよ! 最近の男の人って、そういうことを女の人に面と向かって言える人が少ないから。 でも、パーティー自体は「ザ☆セレブの集まり」って感じでわたしはあまり楽しくなかったな……。 食事は立食スタイルのビュッフェで、マナーとかうるさく言われなかったんですけど(だからわたし、美味しいものをモリモリ食べまくってました!)、出席してた人たちの話題がなんかつまらなくて。だって高級ブランドとか、身に着けているジュエリーがいくらかかったとか、株や投資の話題とかそんなのばっかりで、建前の会話しかなくて、その人自身の話題とか身近な話題はほとんど出てこないんです。 わたしも「これも取材だ」って思って、話の輪に加わろうと頑張ってみたけど聞いても全っっ然分からなくて、頭がパンクしそうでしたでした。その後に純也さんと話すとホッとしました。 純也さんはわたしが〝壁の花〟にならないために、パーティーに出たんだって言ってくれました。欧米では、パーティーの席で誰からも話しかけられずに孤立する人のことを〝壁の花〟って言うんだそうです。なんだかオシャレな言い方ですよね。わたし、今年の冬は珠莉ちゃんのお家で過ごすことにしたのを後悔し始めてたんですけど、純也さんがいてくれるおかげでその気持ちは半減しました。 そして、明日は純也さんが、東京でわたしがまだ行ったことのない銀座とか浅草とか、スカイツリーに連れて行ってくれることになりました! わたしにとっては人生で初めてのデートです!! 本来の目的は新作のための取材なんですけど、今からものすごく楽しみでドキドキしてます……。 とにかく、明日はちゃんと取材もしつつ、初デートを楽しんできます。デートの様子はまた改めて……。ではおじさま、おやすみなさい。 かしこ 十二月二十四日 初デート前にドキドキ♡の愛美』****
――愛美は「ドキドキして眠れない……」と思いつつも、フカフカのベッドでぐっすり眠り、翌朝七時前に目が覚めた。「わ……とうとう来ちゃった。純也さんとの初デートの日……」 室内にある洗面台で、冷たい水で洗顔をしてパッチリと目が覚めた愛美は、クローゼットの扉を開けた。 寮から持ってきた服はすべて、このクローゼットに移してある。ほとんどがこの家に滞在するために新しく買った服だ。「初デートか……。今日、何着て行こうかな……」 純也さんは基本、愛美がどんな服を着ていても「可愛い」「似合ってるよ」と言ってくれる人だけれど。デートとなると、やっぱり普段とは違う格好がしたくなる。いつもと違う自分を彼に見てほしいというのがオトメ心というものだ。「……買ったばっかりの赤いニットワンピース、これにしよう。寒いから黒のタイツを穿いて、足元は茶色のブーツで……。あとはコートを着れば完璧かな」 ニットワンピースはオーバルネックなので、中にピンク色のカラーシャツを着込む。第二ボタンまで開けて、身に着けた〝あしながおじさん〟から贈られたネックレスが見えるようにした。「ヘアメイクはまた珠莉ちゃんにお願いしよう」 髪型はともかく、簡単なメイクくらいは自分でできるようになりたいなぁと愛美は思う。たとえば口紅を塗るくらいは……。「――愛美さん、おはよう。昨夜はよく眠れて?」 コンコン、とドアがノックされて、開いたドアから珠莉が顔を出した。「おはよ、珠莉ちゃん。うん、おかげさまで。……初デートの前だし、ドキドキして眠れないかと思ったけど」「それはよかったわ。――純也叔父さまがね、朝食は二階のダイニングで、三人だけで食べましょうっておっしゃってるんだけど。あなたもそれでよろしくて?」「うん、いいよ。っていうか二階にもダイニングがあるんだ?」 ダイニングルームって、一軒の家に一ヶ所しかないものだと思っていたので、愛美はまた驚いた。 確かに昨日の今日で、珠莉の両親や祖母と顔を突き合わせて朝食……というのは愛美のメンタルにかなりの悪影響が出そうだ。特に、珠莉の母親の顔を見たら何をするか分からないので自分でも怖い。「ええ。じゃあ、朝食は八時ごろにね。――あら、ずいぶん気合いを入れてオシャレしたのねぇ。叔父さまもきっと『可愛い』『ステキだ』って褒めて下さるわよ」「えっ、ホントに?
「――今日は街を歩くんだから、髪型は……そうね、五月に原宿へ行った時みたいな感じでどうかしら? さやかさんみたいに上手にはできないかもしれないけど」「ああ、いいねぇ。大丈夫、やってもらうんだから、わたし文句は言わないよ」 というわけで、ヘアスタイルは編み込みを取り入れたハーフアップに決まった。「さやかほど上手くできない」と珠莉は言ったけれど、愛美にはその出来映えがあまり変わらないように見えた。「メイクは昨夜のパーティーの時ほどしっかりしなくてもよさそうね。ベースとリップくらいでいいかしら。リップの色は……これなんかどう?」 珠莉が勧めた口紅の色は、オレンジがかった淡いピンク色。この上からグロスを乗せれば、可愛くて少し大人っぽい口元になるだろう。「うん、いいかも」 というわけで、珠莉は手早くメイクに取りかかる。自然な仕上がりになるようファンデーションを薄く肌になじませ、その上から軽くフェイスパウダーをはたき、リップブラシで口紅を塗り、別のリップブラシで淡いピンク色のグロスを薄く重ねた。「……はい、できましたわ。仕上がりはどう?」「おぉ……、可愛くなってる。ね、珠莉ちゃん。リップの直し方、わたしにも教えてくれない?」「ええ、いいけど……。よかったら、この口紅はあなたに差し上げてよ。使いかけで申し訳ないけど。落ちたら塗り直すだけでいいから」「いいの? こんなに高そうな口紅もらっちゃって」 珠莉がくれた口紅は高級ブランドのもので、多分これ一本だけで数千円はする代物だ。当然ドラッグストアなどでは売られておらず、デパートなどのコスメ売り場でしかお目にかかれない。「いいのよ。私はまたいつでも買えるし、今日は何たってあなたと純也叔父さまとの初デートですもの。記念に差し上げるわ」「……うん、ありがと」 愛美もお年頃の女の子なので、一応リップクリームとコンパクトミラーの入ったポーチくらいは持ち歩いている。この口紅もそこに入れて持っていくことにした。「――さ、叔父さまはもうダイニングにいらっしゃるはずだから、朝食を頂きに行きましょう」「うん」 愛美は珠莉に案内され、二階の中央にあるというセカンドダイニングルームへ向かった。
* * * * というわけで、卒業式前の連休――というか厳密に言えば自由登校期間だけれど――の初日、二泊三日分の荷物を携えた愛美とさやかはJR長野駅の前に立っていた。「――愛美、あたしの分まで交通費全額出してもらっちゃって悪いね。でもよかったの?」「いいのいいの! わたし今、口座に大金入ってるから。ひとりじゃ使いきれないし、使い道も分かんないし」 冬休みに突然舞い込んできた二百万円というお金は、まだギリギリ高校生でしかも施設育ちの愛美にとってはとんでもない大金だった。作家として原稿料も振り込まれてくるけれど、さすがに百万円単位はケタが違う。印税でも入ってこない限り、そんな金額は目にすることがないと思っていた。「そっか、ありがとね」 多分、さやかもそんな大金はあまり見ないんじゃないだろうか。 そして、愛美に自分の分まで交通費を負担してもらったことを申し訳なく感じているだろうから、後で「立て替えてもらった分、返すよ」と言ってくるに違いない。その分を受け取るべきかどうか、愛美は迷っていた。 さやかの顔を立てるなら、素直に受け取るべきだろうけれど。愛美としては貸しにしているつもりはないので、返してもらうのも何か違う気がしているのだ。 それはきっと、もっと大きな金額を愛美に投資してくれている〝あしながおじさん〟=純也さんも同じなんだろうと愛美は思うのだけれど……。「――農園主の善三さんの車、もうすぐこっちに来るって。奥さんの多恵さんからメッセージ来てるよ」「そっか」 スマホに届いたメッセージを見せた愛美にさやかが頷いていると、二人の目の前に千藤農園の白いミニバンが停まった。助手席から多恵さんが降りてくる。「愛美ちゃん、お待たせしちゃってごめんなさいねぇ。――あら、そちらが電話で言ってたお友だちね?」「はい。牧村さやかちゃんです」「初めまして。愛美の大親友の牧村さやかです。今日から三日間、お世話になります」 さやかが礼儀正しく挨拶をすると、多恵さんはニコニコ笑いながら「こちらこそよろしく」と挨拶を返してくれた。「静かな場所で過ごしたくて、ここに来たいって言ったそうだけど、ウチもまあまあ賑やかよ。だからあまり落ち着かないかもしれないわねぇ」「いえいえ! 寮の食堂に比べたら全然静かだと思います。ね、愛美?」「うん、そうだね。多恵さん、ウ
――今年の学年末テストもバレンタインデーも終わり、卒業式が間近に迫った三月初旬。さやかが思いがけないことを愛美に言った。「卒業式前の連休、あたしも一緒に長野の千藤農園に行きたいな。愛美、執筆の息抜きに行きたいって言ってたじゃん」「えっ、わたしは別に構わないけど……。さやかちゃん、急にどうしたの?」 部屋の勉強スペースで執筆をしていた愛美は、キーボードを叩いていた手を止めて小首を傾げた。彼女が「千藤農園へ行きたい」なんて言ったことは今まで一度もなかったから。「いやぁ、愛美がいいところだって言ってたし、あたしも前から一度は行ってみたいと思ってたんだよね。純也さんのお母さん代わりだったっていう人にも会ってみたかったしさ。っていうかぶっちゃけ、最近食堂がうるさくてストレスなんだわ」「あー……、確かに。会話もままならない感じだもんね」 さやかも言ったとおり、最近〈双葉寮〉の食堂では特に夕食の時間、みんなが一斉におしゃべりをする声が大きくこだましてやかましいくらいである。隣り同士や向かい合って座っていても、話す時には手でメガホンを作って「おーい!」とやらなければ聞こえないのだ。そりゃあストレスにもなるだろう。「分かった、わたしから連絡取ってみるよ。この時期だと……、農園では夏野菜の苗を植え始めたりとかでちょっとずつ忙しくなるだろうから、一緒にお手伝いしようね。あと、純也さんと二人で行った場所とかも案内してあげる」「やった、ありがと! 野菜育てるお手伝いなら、ウチもおばあちゃんが家庭菜園やってるからあたしもよくやってたよ。じゃあ、連絡よろしくね」「うん」 愛美のスマホには、千藤農園の電話番号はもちろん多恵さんの携帯電話の番号も登録してある。愛美から連絡したら、多恵さんはびっくりしながらも喜んでくれるだろう。ましてや、今回は一人ではなく友だちも一人連れていくんだと言ったら、大喜びで歓迎してくれるだろう。「じゃあ、原稿がキリのいいところまで書けたら、さっそく多恵さんに電話してみよう」 という言葉どおり、愛美は執筆がひと段落ついたところで多恵さんの携帯に電話した。
* * * * 部活も引退したことで執筆時間を確保できるようになった愛美は、本格的に新作の執筆に取りかかることができるようになった。「――愛美、まだ書くの? あたしたち先に寝るよー」 〝十時消灯〟という寮の規則が廃止されたので、入浴後に勉強スペースの机にかじりついて一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き続けていた愛美に、さやかがあくび交じりに声をかけた。横では珠莉があくびを噛み殺している。「うん、もうちょっとだけ。電気はわたしが消しとくから、二人は先に寝てて」 本当に書きたいものを書く時、作家の筆は信じられないくらい乗るらしい。愛美もまさにそんな状態だった。「分かった。でも、明日も学校あるんだからあんまり夜ふかししないようにね。じゃあおやすみー」「夜ふかしは美容によろしくなくてよ。それじゃ、おやすみなさい」 親友らしく、気遣う口調で愛美に釘を刺してから、さやかと珠莉はそれぞれ寝室へ引っ込んでいった。「うん、おやすみ。――さて、今晩はあともうひと頑張り」 愛美は再びパソコンの画面に向き直り、タイピングを再開した。それから三十分ほど執筆を続け、キリのいいところまで書き終えたところで、タイピングの手を止めた。「……よし、今日はここまでで終わり。わたしも寝よう……」 勉強部屋の灯りを消し、寝室へスマホを持ち込んだ愛美は純也さんにメッセージを送った。 『部活も引退したので、今日からガッツリ新作の執筆始めました。 今度こそ、わたしの渾身の一作! 出版されたらぜひ純也さんにも読んでほしいです。 じゃあ、おやすみなさい』 送信するとすぐに既読がついて、返信が来た。『執筆ごくろうさま。 君の渾身の一作、俺もぜひ読んでみたいな。楽しみに待ってるよ。 でも、まだ学校の勉強もあるし、無理はしないように。 愛美ちゃん、おやすみ』「……純也さん、これって保護者としてのコメント? それとも恋人としてわたしのこと心配してくれてるの?」 愛美は思わずひとり首を傾げたけれど、どちらにしても、彼が愛美のことを気にかけてくれていることに違いはないので、「まあ、どっちでもいいや」と独りごちたのだった。 高校卒業まであと約二ヶ月。その間に、この小説の執筆はどこまで進められるだろう――?
――そして、高校生活最後の学期となる三学期が始まった。「――はい。じゃあ、今年度の短編小説コンテスト、大賞は二年生の村(むら)瀬(せ)あゆみさんの作品に決定ということで。以上で選考会を終わります。みんな、お疲れさまでした」 愛美は部長として、またこのコンテストの選考委員長として、ホワイトボードに書かれた最終候補作品のタイトルの横に赤の水性マーカーで丸印をつけてから言った。 (これでわたしも引退か……) 二年前にこのコンテストで大賞をもらい、当時の部長にスカウトされて二年生に親友してから入部したこの文芸部で、愛美はこの一年間部長を務めることになった。でも、プロの作家になれたのも、あの大賞受賞があってこそだと今なら思える。この部にはいい思い出しか残っていない。 ……と、愛美がしみじみ感慨にふけっていると――。「愛美先輩、今日まで部長、お疲れさまでした!」 労(ねぎら)いの言葉と共に、二年生の和田原絵梨奈から大きな花束が差し出された。見れば、他の三年生の部員たちもそれぞれ後輩から花束を受け取っている。 これはサプライズの引退セレモニーなんだと、愛美はそれでやっと気がついた。「わぁ、キレイなお花……。ありがとう、絵梨奈ちゃん! みんなも!」「愛美先輩とは同じ日に入部しましたけど、先輩は私にいつも親切にして下さいましたよね。だから、今度は私が愛美先輩みたいに後輩のみんなに親切にしていこうと思います。部長として」「えっ? ホントに絵梨奈ちゃん、わたしの後任で部長やってくれるの?」 いちばん親しくしていた後輩からの部長就任宣言に、愛美の声は思わず上ずった。「はい。ただ、正直私自身も務まる自信ありませんし、頼りないかもしれないので……。大学に上がってからも、時々先輩からアドバイスを頂いてもいいですか?」「もちろんだよ。わたしも部長就任を引き受けた時は『わたしに務まるのかな』ってあんまり自信なくて、後藤先輩とか、その前の北原部長に相談しながらどうにかやってきたの。だから絵梨奈ちゃんも、いつでも相談しに来てね。大歓迎だから」 「ホントですか!? ありがとうございます! でもいいのかなぁ? 愛美先輩はプロの作家先生だから、執筆のお仕事もあるでしょう?」「大丈夫だよ。むしろ、執筆にかかりっきりになる方が息が詰まりそうだから。絵梨奈ちゃんとおしゃべりして
それはともかく、わたしは園長先生から両親のお墓の場所を教えてもらって、クリスマス会の翌日、園長先生と二人でお墓参りに行ってきました。〈わかば園〉で聡美園長先生たちによくして頂いたこと、そのおかげで今横浜の全寮制の女子校に通ってること、そしてプロの作家になれたことを天国にいる両親にやっと報告できて、すごく嬉しかったです。 園長先生はさっそくわたしが寄付したお金を役立てて下さって、今年のクリスマス会のごちそうとケーキをグレードアップさせて下さいました。おかげで園の弟妹たちは大喜びしてくれました。まあ、ここのゴハンだって元々そんなにお粗末じゃなかったですけどね。 そしておじさま、今年もこの施設の子供たちのためにクリスマスプレゼントをドッサリ用意して下さってありがとう。もちろん、おじさまだけがお金を出して下さったわけじゃないでしょうけど。名前は出さなくても、わたしにはちゃんと分かってますから。 お正月には、施設のみんなで近くにある小さな神社へ初詣に行ってきました。やっぱりおみくじはなかったけど……。 もうすぐ三学期が始まるので、また寮に帰らないといけないのが名残惜しいです。やっぱり〈わかば園〉はわたしにとって実家でした。三年近く離れて戻ってきたら、ここで暮らしてた頃より居心地よく感じました。 三学期が始まったら、文芸部の短編小説コンテストの選考作業をもって文芸部部長も引退。そして卒業の日を待つのみです。わたしはその間に、〈わかば園〉を舞台にした新作の執筆に入ります。今度こそ出版まで漕ぎつけられるよう、そしておじさまやみんなにに読んでもらえるよう頑張って書きます! ここにいる間にもうプロットはでき上って、担当編集者さんにもメールでOKをもらってます。 では、残り少ない高校生活を楽しく有意義に過ごそうと思います。 かしこ一月六日 愛美』****
****『拝啓、あしながおじさん。 新年あけましておめでとうございます。おじさまはこの年末年始、どんなふうに過ごしてましたか? わたしは今年の冬休み、予定どおり山梨の〈わかば園〉で過ごしてます。新作の取材もしつつ、弟妹たちと一緒に遊んだり、勉強を見てあげたり。 施設にはリョウちゃん(今は藤(ふじ)井(い)涼介くん)も帰ってきてます。新しいお家に引き取られてからも、夏休みと冬休みには帰ってきてるんだそうです。向こうのご両親が「いいよ」って言ってくれてるらしくて。ホント、いい人たちに引き取ってもらえたなぁって思います。おじさま、ありがとう! お願いしててよかった! リョウちゃんは今、静岡のサッカーの強豪高校に通ってて、三年前よりサッカーの腕前もかなり上達してました。体つきも逞しくなってるけど、あの無邪気な笑顔は全然変わってなかった。「やっぱりリョウちゃんだ!」ってわたしも懐かしくなりました。 そして、わたしが今回いちばん知りたかったこと――両親がどうして死んでしまったのかも、聡美園長先生から話を聞かせてもらえました。 わたしの両親は十六年前の十二月、航空機の墜落事故で犠牲になってたんです。で、両親は事故が起きる二日前に、小学校時代の恩師だった聡美園長にまだ幼かったわたしを預けたらしいんです。親戚の法事に、どうしてもわたしを連れていけないから、って。でも、それが最後になっちゃったそうで……。 幸いにも両親の遺体は状態がよかったから、園長先生が身元
「わたしが作家になれたのも、その人のおかげなんだよ。だから、わたしも感謝してるの」「そっか。うん、めちゃめちゃいい人だよな。で、姉ちゃん。さっき言ってた『新作のための取材』ってどういうこと?」「あのね、新作はここを舞台にして書くつもりなの。ここにいた頃のわたしを主人公のモデルにして。……この施設がわたしの、作家としての原点だと思ってるから」 もし両親が生きていて、この施設で暮らすことがなかったとしたら、愛美は果たして「作家になりたい」という夢を抱いていただろうか……? そう思うと、やっぱり愛美の作家としての原点はここなのだと愛美は思うのだった。「オレも久しぶりに愛美姉ちゃんと過ごせて嬉しいよ。静岡に行って、高校に上がってから夏休みにもここに帰ってきてたけど、姉ちゃんがいないと淋しかったからさ。また一緒にサッカーの練習、付き合ってよ」「いいよ。でもリョウちゃん、サッカー上手くなってるからついて行けるかな……」 三年近く会っていない間に、彼のサッカーはグンと上達している。サッカーの強豪校に進学させてもらったからでもあると思うけれど、今の涼介に愛美はついて行けるかちょっと不安だ。「大丈夫だよ、一緒にボールを追いかけられるだけでオレは楽しいから」「そっか」 いちばん年齢の近かった涼介と再会できただけで、愛美はここを離れていた三年間という時間がまた巻き戻ったような気持ちになった。 * * * * その夜、〈わかば園〉では施設を卒業した愛美と涼介も参加してのクリスマス会が行われた。 今年のクリスマス会は、早速愛美が寄付したお金も使われたのか例年に増してケーキもごちそうも豪華になっていて、子供たちも大喜びだった。 そして、例年どおり〝あしながおじさん〟=田中太郎氏=純也さんを含む理事会から子供たちへのクリスマスプレゼントもどっさり用意されていて、「そうそう、これがここのクリスマスだったなぁ」と懐かしくなった。
* * * * 愛美は宿舎へ向かう前に、庭の方を通りかかった。サッカー少年の涼介が、今日もここでサッカーの練習をしているような気が下から。 今もこの施設に暮らす男の子たちに混ざって、高校生くらいの少年が一人、サッカーボールを追いかけながら走っている。愛美は彼の顔に、自分がよく知っている少年の面影を見た。「――あっ、やっぱりいた! お~い、リョウちゃーん!」 手を振りながら呼びかけると、驚きながらも手を振り返してくれた少年――小谷涼介は、身長が少し伸びて筋肉もついているけれど、顔は三年前とほとんど変わっていない。「愛美姉ちゃん! 久しぶり……っていうかなんでここに? ――あ、ちょっとごめん! お前ら、今日の練習はここまで。もうすぐ晩メシだから、ちゃんと手洗えよ!」 子供たちのコーチをしていたらしい涼介は、泥まみれになっている彼らに練習の終了を告げた。三年近くここに帰ってこない間に、彼もすっかり〝お兄さん〟になっていた。「リョウちゃん、元気そうだね。わたしもね、今年の冬休みの間はここで過ごすことにしたんだよ。新作のための取材も兼ねてるんだけど」「そっか。そういや愛美姉ちゃん、作家になったんだよな。おめでと。オレも本買ったよ。義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、『この本は施設にいた頃のお姉ちゃんが書いたんだ』ってオレが言ったら二人とも買ってくれてさ。ウチにはあの本が三冊もあるんだぜ」「そうなんだ? リョウちゃん、すっかり新しいお家に馴染んでるみたいだね。よかった」 自分が〝あしながおじさん〟=純也さんにお願いして見つけてもらった涼介の養父母。彼がその家に馴染んでいるか、愛美はずっと心配だったけれど、彼の口ぶりからしてすっかり気に入っているようでホッとした。「うん。二人とも、オレにすごくよくしてくれてるよ。園長先生から聞いたんだけど、愛美姉ちゃんが理事の人に頼み込んで見つけてくれたんだよな? 姉ちゃん、ありがとな」「ううん、わたしはただお願いしただけで、実際に動いてくれたのはその理事の人だよ。わたしの時にも手を差し伸べてくれたから、リョウちゃんのことも何とかしてくれるかな……と思ってダメもとでお願いしたら、ちゃんとしてくれて。ホント、いい人でしょ?」 彼はお金を出してくれて終わりではなく、常に相手にとって最善の方法を見つけてくれる。 愛
愛美の答えを聞いた園長は、困ったような笑みを浮かべた。「……実はね、愛美ちゃん。辺唐院さんも今月の第一水曜日にここへいらした時、私におっしゃってたのよ。『どうやら彼女は、僕の正体に気づいているみたいです』って。あなたは頭のいい子だから、いずれはこうなると思ってらっしゃったみたいで。もしかしたら、あなたに本当のことを打ち明けるタイミングを計りかねている感じだったわ」「そう……なんですか? だとしたら、彼はいつごろわたしに打ち明けてくれるつもりなんだろう……?」 彼がタイミングを計っていることは間違いないだろうけれど。打ち明けると愛美と気まずくなるのを恐れて、なかなか打ち明けられないというのもあるのかもしれない。「――とにかく、今日から二週間はあなたも実家に帰ってきたつもりで、ここでお過ごしなさい。ちゃんと取材には応じてあげるから。あとは子供たちの相手をしてくれたり、事務作業を手伝ってくれると助かるけれど。それはあくまであなたの意思に任せるわね」「はい」「あなたはまた六号室で寝泊まりしてもらおうかしらね。みんな、愛美お姉ちゃんと一緒に寝るのを楽しみにしてるから」「分かりました。六号室かぁ……、懐かしいなぁ」 愛美はここを巣立っていくまでずっと、六号室で五人の幼い弟妹たちと過ごしていたのだ。あれから三年近く経って、あの子たちも大きくなったことだろう。幼稚園の年長組だった子も、小学三年生になっているはずだ。「あ、あとね、涼介君も今、施設に帰ってきてるのよ。引き取られた先のご両親が、夏休みと冬休みにはここに帰ってきてもいいっておっしゃったらしくて」「えっ、リョウちゃんも? 嬉しいな」「ええ。今夜はクリスマス会をやるから、愛美ちゃんも参加してね。涼介君も参加したいって言ってたから。お正月にはみんなでまた近くの神社へ初詣に行きましょうね」「はい!」 まるで自分の祖母のような園長とのやり取りで、愛美はあっという間に三年前に引き戻されたような懐かしい気持ちになった。このアットホームな雰囲気が、この園での生活が楽しいと感じたいちばんの理由だった。「――そういえば、その服の感じも懐かしいわね。愛美ちゃん、ここにいた頃もよくブルーのギンガムチェックの服を着てた憶えがあるわ」 園長はふと、愛美が着ているブルーのギンガムチェックのシャツを眺めて目を細める。ボト